nomitoriのメモ

へぇ~と思ったことをここにメモる

ネットなりすましをなまず(Catfish)と呼ぶらしい

BBCのサイト見てたら、ショッキングなニュースがあった

アラスカの十代女性がネット上の偽億万長者からの900万ドルの申し出で、仲間とともに親友(サムネの女性)を殺害というね…

偽億万長者含めて全員逮捕されているそうなので、司法の場で正義がなされるのを祈るばかり

Alaska teen 'killed best friend after catfish offered $9m'

 

www.bbc.com

 

このBBCの見出しで、ネットなりすましを"catfish" と書いてある

catfishといえば、「なまず」なわけですが、なりすましの用例はウェブスター辞書でも二番目に載っているが、語源はわからない

 

2a person who sets up a false personal profile on a social networking site for fraudulent or deceptive purposes

 

www.merriam-webster.com

 

Wikipediaにはcatfishingで項目が立っていてこれによるとCatfishというドキュメンタリー番組がもとになっているっぽい

予告編

youtu.be

内容はここが詳しい

hotakasugi-jp.com

 

ここにはタイトルの由来は書いていないけどもWikipediaによると、なりすましをやっていたアンジェラさんのダンナさんの発言が元になっているそう

曰く、タラを北米からアジアに送るときになまず(catfish)を一緒に入れておくとタラが活動的になって活がいいまま送れるそうな。アンジェラさんの振る舞いはそのなまずみたいなものだと。

In the film, the husband of the "catfish", Vince, relays a story of how when live cod were shipped to Asia from North America, the fish's inactivity in their tanks resulted in only mushy flesh reaching the destination. However, fishermen found that putting catfish in the tanks with the cod kept them active, and thus ensured the quality of the fish.

Vince implies that his wife Angela acts as a catfish, keeping the lives of those around her interesting. The title of the film is based on this dialogue, and is where the term "to catfish" is derived.

 

その後、テレビシリーズ化もされたことで、この用法が広まったみたいですね。

ちなみにタラをナマズと一緒に送る話は100年前くらいから語られているようだが、どうも理路のない俗説っぽい。

Cod, as Jennifer Jacquet, a professor of environmental studies at NYU, explained to me, are “a population of fish (Gadus morhua) off the Eastern coast of North America,” while “the fish we most often think of as catfish are freshwater.” What’s more, “anything coming from Alaska would almost certainly be saltwater.” And “most catfish are bottom feeders—by no means voracious predators that would keep the cod agile.” Jacquet adds that “a piranha or a shark” would be a more logical choice.

Catfish meaning and definition: term for online hoaxes has a surprisingly long history.

運び屋(SMUGGLERとMULE)

クリント・イーストウッド主演・監督の「運び屋」を見てきました。

不思議に後味のすっきりしたいい映画でしたね。

この映画の原題は「The Mule」なんですねぇ、ザ・ラバ

運び屋って言ったらスマグラー(Smuggler)じゃないのと、真鍋昌平さんの漫画で覚えた私は思ってんですが、立ち飲み屋で同席したアメリカ人にニュアンスの違い教えてもらいましたわ

Smugglerは主体的に密売を画策している連中で、Muleはそういうのに使われて言われるままに運んでいる人たちのことみたいですな

うーん、まさにラバ

Urban Dictionary: mule

mule 
n. 
1. A carrier of things for someone else; often used to refer to a carrier of illegal drugs, or a video game character who functions as a holding space for items for another character. 

 

さらにこれ調べてて知ったんだけど

 

Mule/ラバって呼ぶのは雄のロバと雌の馬の子供だけなのね、雌のロバと雄の馬の子は英語はHinny/ケッテイ(駃騠)とのこと。

あまり聞かないのは、ロバと比べて生産しにくいからみたいね。

ja.wikipedia.org

 

 

 

狗を打つ高雄、猫を打つ民雄

年越しは台湾に行ってました。

途中、乗り換えのために民雄って駅で乗り換えましてね。

日本人の名前みたいな駅ですが、日本時代に名前がついた街で、同じく日本時代に名前がついた高雄とペアみたいな地名なんですな。

 

日本人でも知ってる人は多そうですが高雄の地名由来はこう

根據日本人類學家伊能嘉矩的考證,今日高雄沿海早期主要為馬卡道族所居住,在該族語言當中,用以防禦海盜的刺竹林稱為 takau。而漢人依其方言音譯為「打狗」(音:Táⁿ-káu),[3]鳳山縣志》也將當地馬卡道部落記載為「打狗社」。[4]官方文書有時雅化為「打鼓」。[5]西方人則有寫做「Takow」[6]、「Tancoia」等。[7]除了打狗外,相對於今日屏東縣東港,高雄曾有「西港」一稱。[8]至於日本對臺灣的另一稱呼「高砂」或「高砂國」,也來自「打狗」之名。[7]

日治時期日本人依「takau」的日語訓讀諧音將「打狗」兩字改寫為漢字「高雄」(音:Taka-o),源於日本京都右京高雄山[9],此制度實施於1920年。直到1945年以前,「高雄」二字是以日語拼音「Takao」來羅馬化。二次大戰後,中華民國政府才將「高雄」以中文威妥瑪式拼音改寫為「Kaohsiung」,[10]是當前主要通行於世界上的名稱。

 高雄市 - 維基百科,自由的百科全書

 

簡単にまとめると

・この地域に住んでいた先住民マカタウ族の竹林を表す言葉「takau」

・大陸から来た漢族が音を漢字に転写したのが「打狗(Táⁿ-káu)」

・日本統治時代に日本人が京都の高雄山からとって「高雄(Taka-o)」に改名

・戦後、中華民国政府が漢字はそのままで読みを改めて「高雄(Kaohsiung)」

 

つまり先住民の言葉に漢字をあてたものの、「狗(犬)を打つ」じゃイメージが悪いってんで(想像)、日本人が日本語で音の近い「高雄」に直して、戦後も漢字はそのままで今にいたるってわけなんですな。

 

一方、民雄の由来もこれとそっくりで

民雄原名「打貓」,源自洪雅族平埔族中樞社名,打貓一詞由來有兩派說法。其一為打猫派,犬字邊的猫在台語中唸,為果子貍之意,這派認為當初的平埔族社名為「Dovaha」(担貍社),閩南人將之音譯為「打猫」(Tá-bâ)。而猫與貓字相似,後代漸漸混同,因而改發為「打貓」(Tá-niau)。其二為打貓派,認為過去台語漢字貓、猫並沒有像現今分的這麼清楚,過去識字人口也不多,不太可能因為寫錯字而導致發錯音,且地名應是口耳相傳而非靠寫字,所以認為可能古時候就已經叫「打貓」(Tá-niau),因而推論當初的打貓社名為「Taneaw」。

1904年日本人所繪的《臺灣堡圖》,其上「打猫」的臺灣語假名標為「ターニヤウ」(Tānyau),表示此時臺語已經發為「Tá-niau」。1920年前設立打猫區,隸屬嘉義廳打猫支廳,管轄打猫南堡內之打猫街、東勢湖庄、菁埔庄、蕃仔庄、雙援庄、竹仔腳庄、好收庄、崙仔頂庄、頂藔庄、新庄仔庄、田中央庄、江厝庄、牛斗山庄、鴨母坔庄、牛稠溪庄。

1920年大正9年)台灣地方改制,日本官方認為「打猫」地名不雅,在日語中「猫」被視為是「貓」的異體字,所以「打猫」兩字的發音被發為「打貓」的「Da-byō」,總督府取日語近音詞「民雄(たみお,Tami-o)」,在此設置「民雄庄」,劃歸台南州嘉義郡管轄。戰後初期改為台南縣嘉義區民雄鄉,1950年(民國39年)改為嘉義縣民雄鄉至今。

民雄鄉 - 維基百科,自由的百科全書

こちらも簡単にまとめると

・元はこの地域に住んでいた先住民ホアンヤ族の中心集落の名前

・二説あって、一説は集落Dovahaを漢族が「打猫(Tá-bâ)」と転写したものの、後に字が似ているの混同して「打貓(Tá-niau)」になったというもの

・一説はもともと台湾だと猫と貓は混同してつかわれていて、集落Taneawを「打貓(Tá-niau)」としたというもの

・日本統治時代に日本人が「打猫(Da-byō)」と読んで、音が近い「民雄(Tami-o)」に改名

・戦後、漢字はそのままで今に至る「民雄(Mínxióng)」

 

つまり高雄も民雄も、まず漢族が先住民の言葉を漢字に置き換えるものの、字面が悪くて日本時代に漢字をかえて、それが現代でも使われているということですね。

こういう地名は台湾には他にもあるんですが(台北の萬華とか)、狗(犬)と猫とそろってる感じが対になってて面白いと思いました。

まぁ栄え具合はだいぶ違いますが…

 

旅先で撮った写真

 

最近驚いたこと

フルーツあるあるでおなじみ(でもないか)の芸人 桐野安生さんの本名が

高橋一生だったこと

「いっせい」ではなく「かずお」らしい

有田ジェネレーションで本人が言っていた

 

事務所のHPでは本名非公開なのね…

NEET PROJECT/PROFILE

ロコモコはスペイン語で…

「クレイジー鼻くそ」って意味なのかっ!?

 

Loco moco - Wikipedia

George Takahashi, who was studying Spanish at Hilo High School, suggested using Loco, which is Spanish for crazy. They tacked on "moco" which "rhymed with loco and sounded good".[1][2][3] However, to Spanish-speakers, this may sound odd, considering that moco means "booger" in Spanish.

 

高校でスペイン語勉強してるジョージ・タカハシさんが、スペイン語でクレイジーを意味するロコを使うことを提案。韻を踏んでいて聞こえもいいモコをそれにくっつけて商品名にすることにした。しかし、モコはスペイン語で「鼻くそ」を意味するので、スペイン語話者には変に聞こえる。 (わし適当訳)

 

たしかに西英翻訳サイトによると

Loco moco | Spanish Translator

loco →crazy
moco →mucus, booger

だそうな。

mucusは鼻水のことみたいだから

 

ロコモコスペイン語で「クレイジー鼻くそ」ないし「クレイジー鼻水」っすな。

 

花粉症かっ

 

「物理」の意味、「physical」に引っ張られて拡張してんじゃないの説

まとめ

  • 日本語の「物理」には本来「物の(道)理」という意味しかなかったはず。

  • 英語の「physics」はほぼ「物理(学)」と対応する言葉だと思う。

  • これが形容詞形の「physical」になると以下の複数の意味を持つようになる。

    (1)肉体的な、(2)物質的な、(3)物理学的な

  • 今日、ネットスラング的に「物理で」と言うときには、本来持っていなかったはずの(1)、(2)の意味も含んでいるように思える。

 だらだらとした本文

ネットスラングというか、すでに一般用法になりつつある気もするけど、「(レベルをあげて)物理で(殴る)」って言葉あるじゃないですか。

こんな感じで

anond.hatelabo.jp

直近だとアマゾンがトラックで乗り付けてデータ吸い上げるサービスのブコメ反応でも見られた。

b.hatena.ne.jp

イメージがつかみやすくてわりと好きな表現ではあるのだけども、同時に多少モヤモヤもするのです。だって、従来の方法だって物理だろと

[速報]顧客のデータセンターに大型トラックで乗り付け、100PBのデータを吸い上げる「AWS Snowmobile」発表。AWS re:Invent 2016 - Publickey

これを「物理で」という感覚はすごいわかるんだが、回線通しでデータ吸い上げるのもまた物理よね…

2016/12/01 17:15

b.hatena.ne.jp

 デジタル大辞泉によれば、物理には「物の道理」とその学問「物理学」の略語としての意味しかないのである。

dictionary.goo.ne.jp

 

教えてもらったところによると、この言葉はとあるゲームバランスが非常にユニークなRPGが元になっているそうな。

dic.nicovideo.jp

従って、想定されたレベルより高ければ物理攻撃を仕掛けるだけで容易に敵を倒すことが可になるが、
レベルの場合は物理魔法ダメージはおろか攻撃を当てることすら困難になり攻略不可能となる。 

2010年に出たゲームなので、この用法は比較的新しいネット スラングと言っていいと思うが、元になった「魔法攻撃」に対する「物理攻撃」という言い方は、既に違和感を感じないくらい一般的な用法だと思う。

しかし、考えてみると「剣や弓で叩く」≠「物の道理で叩く」である。

ここからは多分に推測であるが、「物理攻撃」とは「physical attack」の訳語なのではあるまいか。

physicalはphysicsの形容詞形であるので、確かに「物理(学)的」という意味はある。しかし、同時にphysicsでは持っていなかった「物質(的)の」「肉体(的)の」という意味もあり、そちらのほうがより一般的な意味でもある。

ejje.weblio.jp

こうして見ると、剣や弓での攻撃、spiritual や mental な魔法攻撃の対応語としてphysical attackというのは非常にしっくりくる。

しかし、この物質的(肉体的)攻撃を「物理攻撃」と訳してしまったことにより、「物理」という日本語に本来は含まれていなかった「物質的」「肉体的」というニュアンスも含まれだしているのではなかろうか。

実際のところRPGの翻訳からここまで広がるとも思えないので、上記のようなphysical=物理的なという、機械的な翻訳が他にもいろいろと行われてきた結果なのでしょう。

 

乾電池を最初に発明者したの誰なんだ問題

つらつらと乾電池のWikipedia記事読んでたら、日本人が発明したようなことが書いてあった。

乾電池 - Wikipedia

乾電池は、小型湿電池の性能に不満を抱いた日本の時計技師屋井先蔵が、より取り扱いが簡素でまた日本の寒冷地でも使用可能な時計用小型一次電池「屋井式乾電池」を発明。その後、ドイツのカール・ガスナーがドイツで乾電池の特許を取得し、1887年明治20年寒冷地でも使用可能な電池として発明された。 

でも英語版記事みても屋井さんの名前はなく、ガスナーさんが1886年にドイツで特許とったのが初めとある。

Dry cell - Wikipedia

In 1886, Carl Gassner obtained a German patent (No. 37,758) on a variant of the Leclanché cell, which came to be known as the dry cell because it did not have a free liquid electrolyte. Instead, the ammonium chloride was mixed with Plaster of Paristo create a paste, with a small amount of zinc chloride added in to extend the shelf life. The manganese dioxide cathode was dipped in this paste, and both were sealed in a zinc shell, which also acted as the anode. In November 1887, he obtained U.S. Patent 373,064 for the same device.[2] 

 

屋井先蔵Wikipedia記事には

屋井先蔵 - Wikipedia

  1. 発明にしたにもかかわらず、貧乏のため乾電池の特許を取得はできなかった(当時の特許取得料金は高額だった)。また、乾電池を発売した当初、大半の世論は「乾電池などという怪しいものが正確に動くはずがない」というもので、先蔵の乾電池は全く売れなかった。さらに持病の為に寝込む日が続き生活は貧窮を極めた。さらに、先蔵の乾電池の価値を知った外国人が万博にて自分が発明したものだと主張したため、しばらく時間が経つまで世界で最初に乾電池を発明したのが先蔵であると認知されなかった。

と「栄光なき天才たち」っぽい事が書いてある、というかまるでガスナーが屋井をパクったかのような書きっぷりである…

それはともかく、先出願主義的にはガスナーが最初というのは間違いないようである。

もうちょっとまともなソースないのかと思ったら、国立公文書館の記事を教えてもらった。

www.archives.go.jp

電池の発明は、1800年にイタリア人ボルタによる電池を初めとし、日本へは、安政元年(1854)ペリーにより将軍への献上品の一つとしてもたらされました。その後1868年、フランス人ルクランシェが塩化アンモニウム溶液、二酸化マンガン亜鉛からなる電池を開発しました。しかしこれは、溶解液がこぼれるなど実用には向かず、1888年、ドイツ人ガスナー等が液のこぼれない電池、いわゆる乾電池を発明しました。しかし、ガスナー達に先立つこと一年前の明治20年(1887)、屋井先蔵(やいさきぞう) (1863―1927)は「屋井乾電池」を発明していました。

これみると屋井は1887年、ガスナーは1888年に発明とされていて、先発明主義的には屋井が発明者ということになる。

他にもいろいろ検索してみたが、英語圏ではガスナーが発明者とされていて屋井の名前はほとんどない。

Wikipediaの英語版にはバッテリーの歴史だけでの記事もたっていて。

History of the battery - Wikipedia

In 1886, Carl Gassner obtained a German patent[23] on a variant of the Leclanché cell, which came to be known as the dry cellbecause it did not have a free liquid electrolyte. Instead, the ammonium chloride was mixed with Plaster of Paris to create a paste, with a small amount of zinc chloride added in to extend the shelf life. The manganese dioxide cathode was dipped in this paste, and both were sealed in a zinc shell, which also acted as the anode. In November 1887, he obtained U.S. Patent 373,064 for the same device.

Unlike previous wet cells, Gassner's dry cell was more solid, did not require maintenance, did not spill, and could be used in any orientation. It provided a potential of 1.5 volts. The first mass-produced model was the Columbia dry cell, first marketed by the National Carbon Company in 1896.[24] The NCC improved Gassner's model by replacing the plaster of Paris with coiled cardboard, an innovation that left more space for the cathode and made the battery easier to assemble. It was the first convenient battery for the masses and made portable electrical devices practical, and led directly to the invention of theflashlight.

The zinc–carbon battery (as it came to be known) is still manufactured today.

In parallel, in 1887 Wilhelm Hellesen developed his own dry cell design. It has been claimed that Hellesen's design preceded that of Gassner.[25]

In 1887, a dry-battery was developed by Yai Sakizō (屋井 先蔵) of Japan, then patented in 1892.[26][27] In 1893, Yai Sakizō's dry-battery was exhibited in World's Columbian Exposition and commanded considerable international attention.

 こちらでは、ガスラーのドイツ特許取得は1886年で、屋井の発明は1887年とある。

で、ここからリンクはってあるところに1887年のアメリカでの特許があるんやが

Patent US373064 - Gael gassier - Google Patents

 

f:id:nomitori:20161019221848p:plain

OCRでは読み取れてないが画像をみるとたしかに、Patented in Germany April 8,1886, No.37,758 とある。

ガスナーが1886年にドイツで特許を取得していたのは間違いなさそう。

ガスナーが特許の時点で物をつくれていたのか、屋井の発明時期は本当に1887年なのかがわからないので、最終的な判断はできないけど、とりあえず世界的にガスナーが発明者とされている状況はひっくりかえらなそうだなというのはわかりましたです。

もうちょい詳しいこと知っている人いたら教えてくださいな。